海龍のつぶやき - Mumbles by the SeaDragon -

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その他のシーラカンス・プロジェクト関連記事

2006/12/03


ふくしまマリーンのプロジェクトとの関連は定かではありませんが、過去にこんなお話もあったようです。

2000年10月23日付
朝日新聞夕刊社会面

 水中ロボットカメラで古代魚シーラカンスを探し、その映像をインターネット で世界に発信するプロジェクトを、日本の民間グループが進めている。調査海域は、アフリカ南部に次いで3年前、シーラカンスが発見されたインドネシアのス ラウェシ島北部。日本側が資金と技術を提供し、インドネシア側が調査船を用意する。民間グループは23日、バリ島で開幕する国際サンゴ礁会議で具体的な計 画を発表する。

 プロジェクトを進めているのは、東京電力の関連会社・東電設計(本社・東京都台東区)とテレビ番組制作会社ジン・ネット(同・港区)。

 計画では来年、スラウェシ島北部のマナド沖合に調査船を出し、2台の水中ロボットカメラで「生きた化石」を探す。調査船には人工衛星を使った全地球測位システム(GPS)を搭載し、ソナーで水中ロボットカメラを操作する。

 最新の技術を使えば、シーラカンスの生息場所を見つけてカメラを固定し、リアルタイムで生態を観察することが可能だ。 発見に成功すれば、通信衛星で映像を送り、インターネットで公開する。

 ジン・ネットの高世仁(ひとし)代表は「これまで限られた研究者しか見ることができなかったシーラカンスを、みんながライブで見られるようになる」と語る。プロジェクトの経緯は、ドキュメンタリー番組にまとめる予定だ。

 スラウェシ島北部では、これまでに4匹のシーラカンスが捕獲された。 ドイツの研究グループが昨年、潜水艇を使って調査し、さらに2匹の生存を確認した。  インドネシア科学院の海洋学者、モハメド・カシム氏は「新しい試みであり、全面的に協力する」と話している。




左の写真は 上記記事中にあるドイツ・チームが スラウェシ島でビデオ撮影に成功した 2匹のシーラカンス。 これが世界最初の インドネシア・シーラカンスの水中撮影になるらしい。

これ以降 先のふくしまマリーン・チームのビデオ撮影までインドネシア・シーラカンスは人の目に触れなかったと言います。 

ふくしまマリーンでも使用された水中撮影用 ロボット(?)潜水艇は  このドイツ・チームのものもそうですが、想像するよりも 小型のものです。






2000年7月9日付
東京新聞

シーラカンスで島おこし」支える

 インドネシア・スラウェシ島のマナド沖で、生きた化石「シーラカンス」が発見されたのは三年前。当初は"切り身"で売られたりしたが、地元の理解も年々 高まり、「シーラカンスによる島おこし」も軌道に乗ってきた。これらを陰で支えてきた一人の日本人がいる。 約三年の現地滞在を終えて帰国、現在は環境庁自 然保護局に勤務する和田茂樹さん(54)がその人だ。

 和田さんはもともと「熱帯雨林と海洋生物の保護」という名目で国際協力事業団(JICA)に環境庁から派遣され、1997年5月から、ス島一帯の環境保全に取り組んでいた。

 シーラカンスと出合ったのは98年7七月。 サメの刺し網漁で偶然捕獲されたものだ。 体長約120センチで重さ約30キログラム。 メスで、陸揚げされてから6時間ほどは尾ひれをバタバタさせていた。 「大きさもさることながら、予想以上にヌルヌルしていて、離した後は腕にウロコがびっしり張り付いていた」
 
100円で切り身に 
 実は現地では、97年ごろからシーラカンスが捕獲されており、3万ルピア(約400円)で仲買人に買い取られたり、市場で切り身にされ、わずか8千ルピア(約100円)で売り出されたこともあったという。

 「切り身になったことより、地元の漁師から『オレたちにとってはカネになればいい。貴重かどうかは関係ない』と平然と言われたことがショックだった」 と和田さんは振り返る。

 シーラカンスは約4億年前に誕生し7千年前には絶滅したと思われていたが、1938年に南アフリカの沖合で生息が確認されたほか、コモロ諸島でも多数捕獲さ れた。 コモロは「シーラカンスの島」として一躍脚光を浴びたが、当時フランス領だったこともあり、標本はもちろん生物学上のデータはほぼすべてフランスを 中心とした欧米の科学者が独占。 コモロにはまとまった研究機関はもちろん、記念碑さえない。

 「岡山県笠岡市に生息するカブトガニに関する生物学的研究をほかの国に任せるのではなく、ご当地の日本が中心になって行うから意義がある。シーラカンス をきっかけに、インドネシアが地球環境に関する情報拠点の役割を果たせるようになれば、国際社会での地位も向上するだろうと考えた」

 インドネシアをコモロの二の舞いにしたくない、と決意した和田さんは、ジャカルタの大学生たちに「地元にいかに貴重な生物がいるか」を講義して回り、小 中学生には自作童話「シイラカンスの冒険」を創作して懸命なPR作戦を展開した。 もともとインドネシア在住の日本人に読ませるつもりで書いた童話だが、教 職員たちの要望などもあって英訳され、さらに普及した。 同国の非政府組織(NGO)の協力も得られるようになり、シーラカンスをあしらったTシャツや帽 子、ステッカーなどを作って販売。発見された場所近くの砂浜には「貴重な魚発見される」の看板も設置した。

 地道な努力が実を結び、今年5月には国のシーラカンス保護検討委員会が発足し、新たな観光産業を起こそうと協議が始まっている。

シンポ今秋にも 
 和田さんは現在、世界中の海洋学者による「シーラカンス・シンポジウム」を計画中。 インドネシア政府も協力的で、早ければ今秋にもバリ島での開催が見込まれているという。

 とはいえ、宗教上の争いが激化するなど、インドネシアの国情は不安定。しかし、和田さんは「問題は山積しているが、草の根レベルの力を結集して、新しい インドネシアの顔を世界にアピールしたい。地元での研究が進めば、50%を超える失業の対策になるかもしれない」と夢を膨らませている。


この記事は下の朝この記事は下の朝日新聞の記事の焼き直しそのものですね。 こんな手抜きやってていいんですか 東京新聞さん?


2000年6月3日付
朝日新聞夕刊

夢見るシーラカンス インドネシア・スラウェシ島の地域おこし

 「生きた化石」といわれ、アフリカ南部でしか見つかっていなかった古代魚シーラカンスが3年前、インドネシアのスラウェシ島でも発見された。サンゴがき らめく透明な海。海洋学者は「海面下の断がいにシーラカンスが好む横穴がたくさんある。生息に最適の条件がそろっている」という。経済の低迷にあえぐ地元 は「シーラカンスで地域興しを」と夢見ている。  (マナド<インドネシア・スラウェシ島>=長岡昇)

 ●サメの網に
 シーラカンスを最初に捕まえたのは、マナド沖合のマナドトゥア島に住む漁師のマクソン・ハニコさん(38)。1997年9月、サメを取るための底刺し網にかかっていた。
 「うろこが硬いのにブヨブヨして、変な魚だった。長いこと漁をしているおやじも『見たことがない』と言っていた」

 マナドの魚市場に運んだ。 そこに、米カリフォルニア大学バークリー校の海洋学者、マーク・アードマンさん(31)が居合わせた。 インドネシアでの研究が 一区切りつき、バリ島で結婚式を挙げた。新婚旅行でマナドまで足を延ばし、散歩がてらに市場を訪れたところだったという。

 「シーラカンスみたいだが、まさか」と思い、写真を撮っただけだった。インドネシア初のシーラカンスは、3万ルピア(約400円)で仲買人に競り落とされた。

 ●たった100円
 マクソンさんと仲間の漁師はその後、同じ魚を2匹捕まえたという。 「脂っぽくてまずい」と評判が悪く、3匹目の売値はわずか8千ルピア(約100百円)。 買い取ったレストランの経営者は「食えそうもないので捨ててしまった」と話した。

 米国に戻ったアードマンさんが専門家に写真を見せたところ「シーラカンスに間違いない」との鑑定。アードマンさんは発見場所に近いブナケン島に居を構え、本格的にシーラカンスの研究を始めた。

 翌98年7月、漁師のラメ・ソナタムさん(57)が同じマナドトゥア島沖で、シーラカンスを生きたまま捕まえた。 マクソンさん同様、水深100-200メートルでサメ用の底刺し網にかかっていた。

 ラメさんによると、底刺し網漁を始めたのは83年から。中華料理に使われるフカヒレが高値で取引されるようになったからだ。

 この標本はジャカルタ郊外の研究所に運ばれ、論文が科学誌に掲載された。発見は海外で大きく報じられたが、インドネシアの新聞は地味な記事を載せただけだった。
 
 スハルト政権が倒れ、インドネシアは混乱の極みにあった。経済危機も深まるばかり。 地元サムラトゥランギ大学のブルヒンポン水産学部長は「研究費を申請したが、まったく認められなかった」と嘆いた。

 それでも、大学の研究者や非政府組織(NGO)が中心になって、地域興しの運動を始めた。 シーラカンスをあしらったアクセサリーやハンカチが土産品として登場した。

 NGOの関係者は「政情不安で観光収入は激減した。隣のマルク諸島では宗教抗争がくすぶっている。シーラカンスのある水族館ができれば、足を運んでもらえる」と期待を込める。 「水中遊歩道をつくって、シーラカンスの泳いでいるところを見てもらったらどうか」「人工飼育はできないだろうか」。 資金はないが、夢はどんどん広がっている。

 ●日本が支援
 この地域興しを、日本の国際協力事業団が支援している。 海洋保全の専門家として環境庁から派遣された和田茂樹さんらが、関係機関を集めて保護検討委員会を立ち上げるなど奔走した。

 和田さんは「アフリカでは欧米の研究者がシーラカンスを全部持っていって、地元には何も残らなかった。 インドネシアでは地元が活用できるように手助けしたい」と話している。


 さて 記事中にでてくるアクセサリーやハンカチなんですけど、 1998年以降 何度もメナドに行っているんですけどいまだかって 1枚のTシャツすら見かけたことはありませんねぇ・・・ 

 NGOの関係者なる人がシーラカンスのいる 水族館とか、水中遊歩道とか またまた ノー天気な発言をしたかのように書いていますけど、訳のわかんない人がまたかってな発言をしたのか、記者が捏造したのか・・・ 


「インドネシアのシーラカンス」 シリーズ

[2006/12/03 記]  

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